「神威狂児」編
B「特捜エクシードラフト」のあの狂気の裏には・・・(エピローグ)
すべての撮影がようやく終わり、俺は、その足で病院に向かった。
幸い、自主退院して現場に出た4日間、病状の悪化はなかった。後は、再入院してしぱ
らく静養することだ。「終わりました。またよろしくお願いします。」俺の顔を見た主治医の
先生は、なんとも言えない安堵の表情を見せた。 ’
「みんな楽しみにしてるから放送日を教えてよ。」…ほぼ完治に向かい、退院が決まった日
だった。「看護婦の子たちも楽しみにしてる。」社交辞令かとも思ったが、どうやら本当に、
放送をわざわざビデオに撮って、看護婦さんや婦長さんも、みんなで観てくれたらしい。数ヶ
月後、外来で検査に行った時には、「××さん(看護婦さんの名前)が、サインを欲しがって
る。ナース室に飾っとくんだってさ。」・・・神威狂児の最初のサインは、さんざん世話になっ
た看護婦さんだった(笑)。あのサイン・・・もしかして、今でも持っててくれてるのだろうか?
そして・・・ここから、「どうしてそこまでして、この役をやる必要があったのか?」という
疑問に対する答えらしきモノが、まったく想像してなかった形で、おぼろげながらも見え
てくる。俺自身、 意地で撮影をこなしたものの、だからといって「この役をやってこの先
どうなって・・」なんてことはまったく考えていなかった。むしろ、内心「これで東映からは
仕事はこないな。」くらいに思っていた。体調管理は俳優の義務だ。それを怠った俺は、
俳優失格の烙印を押されても文句はいえない。そう思っていた。それに、正直この時は
「しょせん子供向けの特撮モノ」という思いもあった。少なくとも、この役が、俺の俳優とし
てのキャリアに影響するなどとは思わなかった。前にも書いた通り、冒頭の問いに対する
答えは「自分でもわからない。」なのだ。ただ・・頭で考えてもわからない「なにか」が、俺
の背中を後押ししたのは確かだった。。そして・・ ’
放送から数ヶ月後・・・ある人づてに「神威の出た回・・すこぶる評判がいいらしいぞ。」と云
う情報が入ってきた。一回目の放送を見たある業界関係者は、俺の友達に「来週、絶対見
ろよ。なんかスゴイ役者が出てるから。」と言ってくれたらしい(友達は、放送を見て、それ
が俺のことだと知って後日電話をくれた)。嬉しかった。そして、後々、続編が作られ、カル
ロス東郷は、準レギュラー的な役に昇格した。さんざん迷惑をかけ「もう二度と呼ばれな
いだろうな」と思っていた現場に再度呼んでくれたこと自体、ありがたいことだったが、監督
の三ツ村氏は、その後の監督作品にも、たびたび俺の役を作ってくれた。三ツ村さんの場
合は、芝居に対する評価というよりも、あの体で現場で頑張った俺に対する「よくやった」
的な恩情だったのかも知れない。頑張ってよかった・・・「こんな人もいてくれる。世の中、
捨てたもんじゃないかもな。」・・・そう思うと、目頭が熱くなった。本当に嬉しかった。 ’
自分でも、決してウマイ芝居だとは思わない。むしろドヘタだ。しかし、あの時のパワーは、
芝居の巧拙ではなく、体全体から発散するパワーだけは、我ながら「尋常じゃかった」と
思う。あの狂気の眼光、あの攻撃的な芝居は、のちのち、自分で真似しようと思っても
できなかった・・(あかんやん・・・・笑)。白状してしまうと、それは、俺自身が意図したもの
だけでなく、偶然の副産物でもあったのだ。ほとんどブチ切れの精神状態、「なんとでもな
れ!」の開き直り、そんな、当時の精神状態が生んだ副産物だ。
実際、何カットかはほとんど「見えてない」・・目の前が真っ白だったからだ。
そう・・・カルロス東郷は、ある意味では、本当に普通の人間じゃなかったわけだ。
なんせ、血液成分が人間の2分の1・・・・マジに「冷血」だったのだから(笑)。
もし、まったくの健康な体で、あの役をやっていたとしたらどうだったろうか?もちろん「狂
気」は俺自身が意図したものではあったから、その動き自体は同じになっただろうけど、お
そらく、あそこまでの鋭い眼光は表現できなかったかも知れない。それは「俳優の役づくりと
は、カタチではない。精神的にどれだけのめりこめるかだ。」というベーシックな理論を裏付
けるものでもある。カタチで真似することはできても、本当の狂気は、精神を本気で役に預
けないと出てこないものなのかも知れない。(そういえば、続編の「光の戦士、再び!」は健
康な神威が演じたものだ。興味のある方は見比べてもらえればわかる。俺も、共演のデビ
ット秋葉も、あきらかにパワーダウンしている。) ’
なにはともあれ・・・
その後、俺は東映テレビのレギュラー・ゲストになった。。毎年新しくなる特撮作品には
もれなく呼んでくれ、そうこうしているうちに、特撮の世界では少なからず名前が浸透して
きた。「B−CLUB」「宇宙船」などの雑誌が取り上げてくれ、その雑誌を通じて、ファンレ
ターをもらったり、似顔絵を書いて送ってくれるファンもいた。俺の知らないところで、俺の
ことを応援してくれてる人もいる。ありがたい。そんな、テレビで売れている俳優やタレン
トにすればごく当たり前の事も、かけだしの三流俳優・神威には限りなく励みになった。
やがて、特撮系だけでなく、一般の映画やVシネマの監督やスタッフの中にも、特撮モノ
での俺を見て、声をかけてくれる人たちも増えてきた。特撮界は、いつのまにか、「俺を育
ててくれた故郷」になり、カルロス東郷は「俺の原点」と呼べる役になった。仕事的なつな
がりだけではない。この一連の出来事が、俺を精神的に強くした。もし、はじめ段階でこの
役を降りていたら・・神威のキャリアにカルロス東郷がなければ・・俺の俳優としての軌道
は、かなり違ったものになっていたはずだ。 ’
思えば、自分でもわからなかった「なにか」とは、このことなのではないか?
そう・・世間的には大したことのない仕事かも知れないが、それが後の俺にとって、限り
なく意味のある仕事になることを、どこかの神様が俺に教えてくれていたのかも知れない。
それが、前髪しかないという「チャンスの神様」なのかは、まだわからない。もしかしたら、
後々「俳優なんて、あの時点でやめときゃよかったんだ」なんて事になったら、それは
「余計なことをする神様」だった、ということになってしまうが・・(笑)。 ’
「なにがどうなるかわからない。目の前の事に全力を尽くせ。」
この世界に入って、最初に実感した教訓だった。
(この項おわり)
2000年執筆