「神威狂児」編
「あるバラエティー番組で。」
1991年、俺がまだ「ほとんどシロート」だった頃。
当時の事務所に所属して間もなく、あるバラエティー番組からオファーが来た。初の仕事だ。
内容は、番組内のドラマ仕立てのコーナーで「悪の首領」としてレギュラー出演して欲しい、というモノ。
バラエティーという部分に少なからず抵抗はあったモノの、右も左もわからないかけだし俳優としては、
なんでもいいから顔を売れるチャンスではあった。台本を見ると、セリフもちゃんとあるし(当時はそれだ
けで感激してた・・笑)見せ場もある。役としては悪い扱いではなく、むしろ、無名の俳優・・いや、それ以
前の「ほとんどシロート」にしては大抜擢といって良かった。制作会社の担当プロデューサー・S氏と何
度か打ち合わせをして、台本片手にマネージャーと二人で公園で練習したりもした。まぁ、それなりに
モチベーションも高まってきていた。そして迎えた収録当日・・・。 ”
マネージャーと二人で現場に着く。「衣装は、製作が間に合わないので現場で合わせましょう。」という
話だったので、まずは衣装あわせ・・・のはずだった。「衣装はこちらです。」と案内されたロケバスの
前で、俺は完全に硬直した。「完全なカブリモノ」・・・だったのだ!・・・「だまされた!」と気づくのに
時間はかからなかった。ほとんど、仮面ライダーの敵である「なんとか男」みたいな大きなお面が用
意されていた。製作が間に合わないから、なんて真っ赤な嘘、当日までこれを隠して「もう現場に来
てしまった以上、やらなきゃ仕方ない」という状況まで引っ張る算段だったのは明白。以後、いろんな
現場に出たし、いろんな制作会社にもお世話になった。中には、思わず気がめいるような仕事も
そりゃあったけど、それはそれで、事前に了解しての事。これほど、あきらかに「だまされた」事など、
この時が最初で最後だった。なにせ、カブリモノである事などひと言も聞いてなければ、プロデュー
サー「S」とは、顔のメイクの打ち合わせまでしていたのだ。ほとんど現場に出た事のないかけだし
俳優にカブリモノの仕事をオファーする事だって、そりゃ「アリ」だろう。ただ、それを収録当日まで
黙っているなんて前代未聞だ。・・疑う余地のない「確信犯」。 ”
「これは怒って当然」・・・そう判断した俺は完全にキレた。手渡されたお面をロケバスのタイヤに
思いきり叩きつけ「S呼んでこい!コラ!」と叫んだ。事情を知らないスタッフや共演者は驚いたろう。
スタッフに呼ばれてSがノコノコやってくるのが見えた時、俺のキレ方を見たマネージャー・K氏が
「待て。ここは任せろ。」と俺を制した。それでも、直接Sの胸ぐらをつかんで文句を言わなきゃ気が済ま
ないモードに突入していた俺はその手を振り切ろうとしたが、「何があっても役者が手を汚しちゃダメな
んだ。何のために俺が一緒に来てるんだ!」と一喝され、しぶしぶ、ロケバスの中に引っ込んだ。
中から様子を伺っていると、Sに対峙したマネージャー・K氏の怒号が聞こえてきた。「あなた、確かに
こう言いましたよねぇ!」・・言葉づかいこそ丁寧語ながら、その口調は俺と同じくらいキレていた。
仮に、もしこの時、K氏がその場を愛想笑いで収めようとしたなら、俺はスグにその事務所を辞めてい
ただろう。こういう時に「共に戦ってくれた。」からこそ、以後、俺はそのマネージャーを信頼する事がで
きた。「役者なんてデリケートな人種なんだから扱いが難しくて当たり前。でも、それを外部に出したら
ダメ。外に対して泥をかぶるのが事務所なりマネージャーの仕事。」がK氏の持論だった。
「いや、とにかく、今から代わりを探す事も出来ないですし・・」などと、予定通りの言い訳をするSを
みて「テメーの顔だけは一生忘れんからな」と思ったもんだけど、今となっては「ささいな出来事」・・
Sの名前だけはなぜか覚えているけど、どんな顔だったかなんてとっくの昔に忘れた。
その夜、俺は居酒屋で「泣いた」・・・マネージャー・K氏とふたりで酒を飲みながら、
大の男(それも、とびっきり大の男)が涙をボロボロ流して泣いた。あまりにも情けなかった。そんな
クソみたいな制作会社の若造にナメられる程度の立場にいる自分が情けなくて泣いた。俺がその後、
仕事のオファーに対してやけに慎重になったのは、この時に受けたトラウマのせいかも知れない。
俺は、現場でK氏が「ともに戦ってくれた」事に感謝の気持ちを伝えると、K氏はK氏で「俺も、
あそこでお前が怒ってくれて安心した。」と言った。「あんな状況で、怒りもせずにヘラヘラ笑って
るようなヤツなら、最初から(マネージャーを)引きうけないよ。」 ”
翌年、「ほとんどシロート」は「神威狂児」と名乗るようになった。
名前に、決して縁起がいいとは思えない「狂」の字をあえて使うセンスは、個人的には気に入っていた。
数年後、それなりに恥ずかしくない仕事をもらえるようになった頃、
マネージャー・K氏とはいつも「あれが俺たちの始まりだよ。」と笑い合った。
(2000年執筆)